友人が結婚した。いわゆる「授かり婚」だ。
モテる男だった。結婚という制度に縛られずとも生きられそうなタイプだった。
それでも彼は決断した。
妊娠という事実が背中を押したのか、彼女の意志がそうさせたのか、それはわからない。だが少なくとも、偶然ではなく「引き受ける」という選択だったことは確かだ。
彼は長年、腕一本で勝負する美容師だった。
深夜まで鏡の前に立ち、技術を磨き、いつか自分の店を持つために資金を貯めていた。職人にとっての夢とは、看板を掲げることだ。名前を背負うことだ。
しかし三十代半ば。彼が選んだのは、ハサミではなく酒屋の暖簾だった。
奥様の実家を継ぐ「婿入り」という道である。
職人の夢と、時間という現実
美容業界に限らず、技術職にとって三十代後半は分水嶺だ。
独立するか、指導側に回るか、あるいは別の道へ進むか。
かつては「暖簾分け」という比較的穏やかな継承の道があった。だが今は、独立には多額の資金とリスクが伴う。成功は保証されない。
夢は美しい。だが、夢は時間と市場の中で選別される。
彼は、妊娠した彼女と、その四歳の連れ子を含む家族を前にして、自分の将来を再計算したのだろう。
そして「挑戦」よりも「持続」を選んだ。
妥協ではなく、選択
ここでありがちな解釈は、「夢を諦めた男」という図式だ。
だが本当にそうだろうか。
現代は、かつてのように「結婚しなければ生きにくい」時代ではない。
女性も経済的に自立し、結婚は必須ではなくなった。だからこそ、結婚は“選択”になる。
男性にとっても同じだ。
結婚は逃げ場ではなく、責任の明文化だ。
情報が溢れ、リスクが可視化された社会では、人はより合理的になる。
結婚はコスパで測られ、夢は投資回収率で語られる。
その空気の中で彼は、効率の最大化ではなく、関係の維持を選んだ。
不器用な答え
「寂しくなければ結婚は不要だ」
「自分と同じ苦労をさせるくらいなら子どもはいらない」
そうした言葉が珍しくない時代に、他人の子を育てる覚悟を決めるというのは、合理性だけでは説明しにくい行為だ。
夢だったハサミを置き、慣れない酒屋の暖簾をくぐる。
それは妥協というより、優先順位の組み替えだ。
現代の結婚観が効率と自己実現を軸に回転しているとすれば、彼の決断はどこか逆回転しているようにも見える。だが、逆回転だからこそ、そこには熱がある。
夢を守る人生もある。
夢を置く人生もある。
どちらが正しいという話ではない。ただ一つ言えるのは、彼は「流された」のではなく、「引き受けた」ということだ。
そしてその不器用さこそが、妙に眩しく見えたのである。

0 件のコメント:
コメントを投稿