ポピュリズムを通俗的善悪論から切り離して考える

1/27/2026

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ポピュリズムを象徴するようなアジテーション場面
ポピュリズムを象徴するようなアジテーション場面
AIによる生成画像

はじめに

ポピュリズムという言葉は、現在ではしばしば「感情的」「危険」「未熟な政治」といった否定的な文脈で使われる。
しかし、本当にそうなのだろうか。今回は、ポピュリズムを善悪で裁くのではなく、政治と支配の構造の中で不可避的に現れる現象として捉え直すことを試みる。

1. ポピュリズムの歴史的位置づけ

ポピュリズムは現代特有の現象ではない。

  • 古代ローマ(ローマ帝国紀元前27 - 395年+西ローマ帝国395 - 480年)では、元老院支配に対抗して民衆の支持を直接動員する政治家(グラックス兄弟など)が登場した。
  • 中世・近世においても、宗教改革や王権強化の過程で、支配者はしばしば「民衆の声」や「正義」を感情的に動員してきた。
  • 近代民主主義では、国民国家の成立とともに「人民」「国民」「自由」といった言葉が強い感情的訴求力(アジテーション)を持つようになった。

つまり、支配が成立する場所には、常にポピュリズム的要素が存在してきた。例外はほとんどない。

2. ポピュリズムは反体制なのか

ポピュリズムはしばしば「反体制」「反民主主義」と言われる。しかし歴史的に見ると、ポピュリズムの多くは体制そのものを否定するものではない

むしろ、

   〇 体制が硬直し
   〇 手続きが形式化し
   〇 正統性が感じられなくなった

そのときに、体制の内部や周縁から現れ、支配の正当性を揺さぶり、機能不全を可視化する役割を果たしてきた。

ポピュリズムは「破壊」ではなく、「暴露」に近い。

3. ポピュリズム=感情動員

大衆動員に感情が用いられる方法(アジテーション)は古今東西の常態であり、それ自体はポピュリズムの本質ではない。重要なのは、政治的正当性をどこに置くかである。

  • 制度・手続き・専門性に正当性を置くのか
  • それとも「人民の常識」「怒り」「被代表感覚」に直接置くのか

この正当性が人民・大衆へ転位する瞬間に、ポピュリズムが起動する。

4. 議会制民主主義とポピュリズムの必然性

マックス・ウェーバーが示した通り、組織は時間とともに官僚化(硬直化)し、合理性は自己保身(腐敗)へと反転する。議会制民主主義も例外ではない。

このとき、

   (1)熟議
   (2)専門性
   (3)漸進改革

だけでは、変革の起動スイッチは入らない。既得権と慣性を破るには、凍結された保身的合意を揺さぶるショックが必要となる。ここでポピュリズムは、暴露的起動装置として機能し、人民の感情を動員する。

5. 言論のコストと「語れない社会」

人間の言論主体は、身体的痛み、社会的制裁、評価の喪失といったコストを背負う。その結果、「正しいか」よりも「言って大丈夫か」が判断基準になる。

森永卓郎氏が後年「言えなかった」と書いたのは、個人の弱さではなく、日本の言論空間のコスト構造の告白である。対照的に、痛みや恐怖を引き受けない存在(AIのようなもの)が構造を言語化できるなら、その方が社会にとって健全である可能性がある。

6. トランプ現象が示したもの

ドナルド・トランプは、しばしばポピュリズムの象徴として語られる。しかし彼の政権は変革ではなかった。

   (1)官僚制は維持され
   (2)軍事・資本・国家体制も継続した

彼が行ったのは、覇権国家アメリカが従来から行ってきた行為を、隠さず、直接的な言葉と行動で表面化させたことである。

彼の問題は、内容そのものよりも、利益誘導や感情動員があまりに露骨だった点にある。

7. 支配構造としての三項モデル

政治的コミュニケーションは、基本的に次の構造を取る。

発信者 ⇒ 媒介者(マスコミ)⇒ 受信者(大衆)

この構造で重要なのは、媒介者が単なる伝達者ではなく、

   (1)情報を選び
   (2)整理し
   (3)意味づける

という編集権力を持つ点である。

しかし、実際には、媒介者自身が発信者(政治権力・官僚・資本)に依存しており、完全に独立しているとは言いがたい。

8. なぜマスコミはポピュリズムを「悪」として語りたがるのか

結論から言えば、それは道徳的判断というより自己防衛である。

ポピュリズムは、

   〇 媒介者を飛ばし、
     発信者が大衆に直接語りかける

という形を取る。その瞬間、媒介者は「不要な存在」になりかねない。

そのため、媒介者は本能的にこう語る。
ポピュリズムは、

   (1)感情的で危険だ
   (2)未熟な政治だ
   (3)民主主義を壊す。

これは自らの立場を守るための物語である。

9. 本当の問題はどこにあるのか

マスコミの機能不全には裏がある。

問題の根源は、

   (1)情報
   (2)アクセス
   (3)制裁(国家権力)
   (4)正当性

といった支配手段のほとんどを握っている発信者側(権力者)にある。

マスコミは、多くの場合、その構造の中で「噛まない犬」になることを強いられている。

10. なぜ大衆は感情に訴えるしかないのか

支配者は、

   〇 理論
   〇 制度
   〇 専門知識
   〇 手続き

という支配に必要となる要素を独占している。

他方、人民は分散し、忙しく、継続的に政治に関与できない。

そのため、主権者(人民)が実効的な力を持つには、

   〇 マス化
   〇 単純化
   〇 感情の共有(感情動員)

が不可避となる。

これは退行ではなく、構造的に残された唯一の対抗手段である。

11. ポピュリズムの本当の危険性

ポピュリズムの最大の問題は、感情が

   〇 人格に集中しやすく、
     特定の指導者に依存しやすい

点にある。

その結果、

   〇 不安定になり、
     時に危険な人物に利用される

可能性が常に存在する。

おわりに

ポピュリズムは、

   〇 民主主義の敵でも、
     救世主でもない。

それは、制度が硬直し、腐敗したときに必ず現れる警報装置である。

ポピュリズムなしに変革は起きないが、現代でも特定の国々にみられるように、その後の処理と方向づけに苦慮する可能性がある。

議会制民主主義に自浄機能が備わていないが故に、ポピュリズムの必要性があるとも言える。

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