マスコミにとって検察を批判することは、財務省を批判するのと同様、相応の「覚悟」が要る。
しかし、かつては違った。少なくとも2010年頃までは、検察を真正面から批判する書籍が大手出版社から堂々と刊行されていたのである。
例えば、宮本雅史氏の『歪んだ正義』(2000年)。
同書は検察の問題点だけでなく、それを無批判に受け入れるマスメディアの姿勢にも鋭く切り込んでいる。
「検察=正義」という固定観念を疑わないメディアの体質は、四半世紀を経た今も大きく変わっていないように見える。
忘れてはならないのは、民間放送局や新聞社は「株式会社」だという事実である。
つまり、彼らは公益法人ではなく、利益を追求する企業だ。
そうである以上、「長い物には巻かれろ」という判断が働いても不思議ではない。
問題は、それが例外ではなく、常態化しているのではないかという点だ。
不当な権力に挑む気概よりも、出る杭を打ち、批判しやすい対象を叩く方がはるかに安全で収益性も高い。
体制に正面から向き合わないことこそが、地位と利潤を守る最善策――そう割り切っているようにも見える。
だが、時代は変わった。
インターネットが一般化し、情報の流通経路はもはや既存メディアの専売特許ではない。
だからこそ期待したい。
単なる“コメンテーター”ではなく、権力の構造そのものを掘り下げる本物のジャーナリストの登場を……彼らには今、新たな武器がある。
紙面の制約も、放送枠の制約も超えられるインターネットという媒体が。
正義を語る者が、誰の正義を守っているのか。
それを問い続ける声が、かつてよりも届きやすい時代になったのだから。

0 件のコメント:
コメントを投稿