米中はイデオロギーの対立ではない

8/22/2020

国際政治 中国

緑が際立つ大輪のヒマワリ
緑が際立つヒマワリ
ロシア、ウクライナ、ペルーの国花
Canon PowerShot SX70 HS

最近の記事をみてますと、米中の紛争はイデオロギー(共産主義と民主主義)の対立だなどと喚く有識者と言われる方々が目に付きます。

確かに、政治形態もイデオロギーの範疇に入りますが、形式的な政治形態上では、中国も米国も同じ民主国家なのです…そこにはイデオロギー上の対立はないのです。

しかし実態は違うと仰る方々に対しては、次のように申し上げたいですね。
中国は民主主義を否定する暴力的な一党独裁国家であるかのように喧しく報道されていますが、近年の米国大統領であるトランプ氏も民主主義を否定する施政が多くて危険であると喧しく報道されております。
更に、石油企業の利益を露骨に追求した親子二代のブッシュ政権時代も、米国は民主主義を標榜している国家とは言えませんでした。

つまり、実態が異なるのは中国だけではなく、米国も同様であるということです。

それでも米国は自由だと仰るんですか!?
う~ん、確かに、お金があり、かつ、反支配層的でなければ、自由も享受できそうですね。
それは、中国でも似たり寄ったりの状況ですね。

エッ、中国には表現の自由がなく、米国にはあると仰るんですか!?
確かに、表面的には、そうだと言えますでしょうね。
しかし、支配層にとって都合の悪い表現は潰されるという点では、中国も米国も、手段方法が異なるだけで、同じでしょうね。

大体にして、現代に、純粋培養的な社会主義国家や資本主義国家なんてあるのでしょうか…ありませんよね。
資本主義国家は政治経済おいて社会主義国家に限りなく近づいてきており、社会主義国家は限りなく資本主義国家に近づいています。

中国は社会主義国家であると信じている中国の政治家や官僚は多くはないのではと考えておれる方々や、米国は本当に民主主義を標榜する国家であると言えるのかと疑念を抱く人々も少なくないようです。

米中の対立は、飽くまでも既得権層による世界覇権の維持と奪取を目的としたものであり、イデオロギーとは全く関係しない、両国の既得権層の実利的な利害対立なのです。
まあ、それだけではない部分も、特に中国にはありそうですが…

【ご興味があるかも】

上記文章を「冷静に矛盾を突く論理的スタイル」に、暇に任せて書き直しますと次のようになります:
チェス風の米中対戦画像
チェス風の米中対戦
Nano Banana Pro生成画像

米中紛争を「民主主義vs共産主義」という二項対立で語る言説が後を絶ちません。

しかし、こうしたステレオタイプな見方は、現代政治のリアリズムを見誤らせる恐れがあります。

1. 「民主主義」というラベルの形骸化

表面的な政治形態で見れば、米中双方が自らを民主的なプロセスに基づいた国家であると位置づけています。問題はその「実態」ですが、これは中国に限った話ではありません。

近年の米国においても、トランプ旋風に見られる民主主義への懐疑や、ブッシュ政権下のエネルギー利権重視の政策など、その標榜する理想と現実の乖離は周知の通りです。

2. 自由と表現の境界線

「表現の自由」についても再考が必要です。

確かに手法の差異はあれど、支配層にとって致命的な情報は制限されるという力学において、両国に本質的な差があると言い切れるでしょうか。

富を持ち、体制に反旗を翻さない者にのみ「自由」が許されるという構図は、驚くほど共通しています。

3. 収束する経済システムと、剥き出しの利害

今日、純粋な社会主義も資本主義ももはや存在しません。
両システムは互いに浸食し合い、混合経済へと収束しています。

中国の指導層が純粋に社会主義を信じているわけでも、米国の指導層が混じりけのない民主主義を体現しているわけでもありません。

結論:覇権争いという真実

米中対立の核心は、イデオロギーというオブラートに包まれた「既得権層による覇権争い」です。

これは世界をどう統治するかという理想の戦いではなく、誰が世界の富と権力を握るかという、極めて実利的で生々しい利害の衝突なのです。

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