官僚やマスメディアの辞書には反省・責任という言葉は無い!?
選挙は政策でもって戦われるべきだと、あれだけ金科玉条のごとく喧伝してきたマスメディアたちは、ここにきて、マニフェスト(公約)に掲げられた政策に縛られるべきではないと言い始めています(笑い)
中曽根元首相を当時「風見鶏」と散々と非難していたマスメディアは、風見鶏どころか、
責任という意識が形成されそこなった頑強な大人の体をした狡賢い子供かな!?
政権与党は世界から遊離した絶対的存在であるなどと誰も思っていません。
社会は、内的・外的変化に対応してゆく、あるいは、ゆかなければならない生きた存在なわけですから、手段でしかない政策の朝礼暮改もあってしかるべきです。
しかし、マスメディアが朝令暮改的に編集方針を変更するなら、それに至った納得しうる反省の弁が必要です。
余りにも子供のような、遣りっ放し、言いっ放しが多すぎます。
【ご参考】
★退廃したマスメディア問題の核心に触れた記事
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